ニュース/イベント/施設情報/観光/映画/子育て/ 漫語満語/山口周辺/聞かせて/
キラッ/札の辻・21/おんなの目/ご意見・ご質問/バックナンバー
ホーム漫語満語>171〜180

180 「青菜に塩に寝不足」

 夏は昔から暑い、しかし今年はとりわけ過酷な暑さのようである。
 気象統計値で何処其処はこれまでの最高気温であったとか、真夏日の連続が最長記録など再三報道がなされていた。
 「アッ、アッ、アツーイ…」日に2・3度、居間に続く台所あたりから女房の声が聞こえてくる。
 午後の日盛りに買い出しから帰ってくると顔中汗を噴き出し、暑さを恨む腹癒せの声はまさに雄叫びの咆哮である。
 もともと暑がりの性で年とともに背丈は縮むが横幅は広がりつつあるので、余計に体感温度が高くなるのであろう。
 毎夏のことで別段たまげることもないが、今年はその声一際高くしかも再々である。
 これまでの夏と比べ今年は一寸異常なことに気づいた。まず昼夜の温度差が少なかったことから、早朝一服の涼しさであった庭の草花に朝露をみることがなかったこと。
 もう一つは夏の午後、一天にわかにかき曇り雷鳴ともに一陣のしゅう雨であった夕立がこれまた一向になかったこと。
 真夏日と熱帯夜の連日連夜は、心身ともに青菜に塩の体である。
 そこへこの夏、閏年毎に開幕のオリンピック、一世紀を越え遠くその発祥地アテネでの開催となれば見逃すわけにはいかない。テレビ生放送は殆ど夕方から夜半にかけて終夜に及ぶ。華麗にして熾烈なさまざまの競技に目を見張り、とりわけ日本選手の出番となれば手に汗握る興奮と感動を覚える。
 暑さで青菜に塩、オリンピックで夜更かしの寝不足、この夏は耐え難きを耐え気力、体力の勝負である。台風15号が幸いこの地をかすめ漸く気温も下り坂。庭の蝉もツクツクホーシに交替し夏の終わりを奏で、暑さも、夜更かしも先がみえてきた。     (満)

179 「酷暑・溽暑愚考片々」

 つゆが明けると忽ち入道雲が湧き出し燦々と太陽の日射しは強く、連日真夏日と熱帯夜が続く。
 方や新潟など北陸地方は連続の集中豪雨で、住家も店も水浸し土砂塗れの災害に多くの人々が避難生活を余儀なくされている。それに比べてこちらは酷暑、溽暑といいながらもまだまだ幸せである。
 今日科学文明は目覚ましく進んできたが、お天気を都合よく左右する手立てはない。
 世の中の文明がさらに進み全知全能を結集してもどうにもならないことが二つ、またどうしても分からんことが二つあるようだ。どうにもならないことの一つがお天気で、いま一つが時間を早めたり止めたりすることができないこと。
 いやなことや思い患うことの時間は早く過ぎればエエと思うし、楽しく幸せな時間はゆっくり、あるいは止まればエエと思う。しかし宇宙に浮かぶ地球の星は規則正しく運行し、おかまいなく時は過ぎてゆく。これまた人間の都合で左右することはできない。
 分からんことの一つが他人の心のうちである。
 常日頃のことは顔の表情や交わす言葉でわかるが本当のところはわからん。もっとも本心が外からみえると嘘も方弁も通用しないし逆に住みづらい世間になるかもしれん。
 神の配剤はそのへんを気配りされたものであろう。
 もう一つわからんことは死んだ先のこと。
 天国、地獄があると聞いているが誰も往復した体験者はいない。先だって「千の風になって」という原作者不明の詩を作家・新井満氏によって紹介された。あの世では、”千の風になって大空を吹きわたり、朝は鳥になって…、夜は星になって…”と随分忙しいようである。どうやら元気に逝かないと駄目らしい。   (満)

178 「竹林が山頂までも…」

 晴れの日は炎天猛暑、雨の日は土砂降り、風吹く日は強風といった三拍子けじめのついた天候が続いている。
 このところ久し振りに県内の山陰、山陽の街や野山の風景に接する外(そと で)出(そと で)の用事が毎日で、三拍子の天候でも蒸し暑い梅雨の最中、実をいうと大変である。
 街角の家の垣根を越え通りへ食(は)み出しているノウゼンカズラ、川辺や広場の周囲にみかけるキョウチクトウなど、いずれも真夏の花が梅雨明けを待ちきれずに咲いている。白や薄紅色の爽やかな花柄、これらを目にするとうっとうしさがやわらぐ。田圃(たんぼ)は、ついこの間までは植え付けられたばかりの弱々しく黄色がかった稚苗であったが、輝く太陽を浴び雨風にもあい、見る間に背丈を伸ばし株をはり濃い緑一色に成長してきた。
 吹く風に揃って葉裏を見せながら雄々しく天を突くたくましさである。
 広々とした緑一面の田園、山間(やま あい)にみる千枚皿のような田圃の風景は、日本の心のふるさとで心なごむ。
 山また山の緑は日毎に濃くなり“山滴(したた)る”季節の感をつよくする。
 高速山陽道を上下するたび、ここ10年ぐらいで様変わりした山相の景色に気付いた。かつて竹は山裾の一部か川辺に竹藪として留まっているものと思っていた。それが今では山をかけ登り中腹まで占領した竹林がそこかしこに、さらには低い全山竹林に覆われた山相に変貌したところもある。
 人の手が山に入らなくなったこと、竹ノ子まで外国産を食べていることなど“竹の園生(その お)の弥栄(いや さか)えに栄え”の要因であろう。日本の山は杉、檜の造林に常緑、落葉の自然林によって美しく四季を彩るもの。もとより竹もよし、されど竹は雀(すずめ)の宿の竹藪ぐらいが好ましい。(満)

177 「井の中の蛙…」

 大型台風の余波により、このところ天気がぐずついている。
 つゆの最中(さなか)これまで晴れ間の日和が多かったので、やっとつゆらしい空模様といえなくもない。
 雨に映える雨が好きな紫(あ)陽花(じさい)や十薬(どくだみ)も時折りの雨に元気づいている。
 姿をみせない庭の蛙も雨降りを察知すると俄然声高らかに鳴き交わす。
 俚諺(りげん)に”井戸の中の蛙大海を知らず”という言葉があった。自分の狭い知識や見解にとらわれ、他に広い世界のあることを知らず得々とふるまうことのたとえである。
 今頃は井戸を使用する家も殆どなく我が家には勿論ない。池もなく水溜まりもなし。何処(どこ)か遠くから庭に訪ねてきた蛙は、ここ長らく家に籠(こ)もっている住人よりははるかに大海を知る蛙であろうか? そう思うと見識ある鳴き声に聞こえる。
 といっても昨今は家に籠もっても24時間多チャンネルのテレビ、パソコン、インターネットで世界中の情報や知識など居ながらに吸収することができるようになった。所謂井戸の中で大海を知る世の中に変貌しつつある。ところで我が家は未だテレビだけの視聴、世間からみると落ちこぼれ取り残された現代版井の中の蛙である。
 とはいえテレビ、パソコン、インターネットは所詮(しょせん)一定視角の映像や音声、そして文字である。
 もとより多くの情報・知識から喜怒哀楽・感動をも与える科学文明の所産であり有難い。しかしすばらしい映像でも現物現場を直(じか)に目にする「百聞は一見に如かず」に勝ることはないだろう。また何時(いつ)でも何処でも交信できる情報機器とはいえ、人間は所詮人と人が直接面談することによって真の心が通じあうというもの。
 現代版、井の中の蛙もまたよしとしている。(満)

176 「閏年の今年も早半ば」

 なんだかんだといううちに今年も既に半ばの6月である。
 オリンピックのある閏年だから普通の年より1日多かったはずだが、一向に気付かぬまま過ぎてきた。昔の大陰暦の頃は、ある月を2回繰り返し、1年を13カ月とする年もあったそうで、そんな年に巡り合うと、さぞのんびりしたことだろう。
 ご存知のとおり、今の太陽暦は地球の公転と季節の移りを合わせたもので、さらに微調整のため閏日を設けた仕組みである。明治5(1872)年12月3日を明治6年1月1日として今日に至り、およそ120年余を経ている。
 それにしても閏年の今年は冬から春そして夏に向かい、梅も桜も新緑も季節の彩りは総じて早目早目の足取りである。
 とりわけ庭木や街路樹は芽吹き出して束の間に一端の葉っぱに成長し、忽ち枝葉を広げて大きく木陰をつくっている。
 かたや台風までも5月に来襲、梅雨入りも去年より11日も早く5月末、なんだか季節の移りに追い立てられている感じである。
 長く生きていると季節の巡りが、ちゃんとした暦どおりでないと気分も身体もなんとなく落ち着きを損なう。
 さらに加えて昨今の人間の係わる諸事、その多くが気掛かりなことばかり。イラク戦争終結宣言後なお果てしない殺戮。
 北朝鮮拉致問題の一喜一憂にしてなお未解決。
 そして仰天の不祥事、小6女子児童の友人殺傷事件など、いやはや憂鬱な梅雨空の比ではない。
 それに対し季節の移りに沿った山川草木の順応は、春・夏の到来が多少早目だろうと少しも驚かず、いと泰然として花は咲き新緑を装う。自然の営みに見惚れつつ、あと半年の季節の移りと人の世の動きを案じる。 (満)

175 「一日不作一日不食」

 一日仕事をしなければその一日は食べてはいけないという意味の諫言と理解している。
 普段あまり出入りしない部屋の壁にかけている短冊の書で、いつ頃いただいたものか常栄寺天山老師の自筆である。
 すでに台紙は黄色く色褪せているが、墨痕いまなお鮮明である。
 かつて勤めの仕事を万事終わり毎日が休日となって間もなく、畠の小作集団に加わり野菜作りを始めた。その思い立ちは件の短冊の書が頭の片隅にあったためであろうか。
 あれから野菜作りを続けて8年、思えば真面目な動機であったが、一日不作……どころか雨降れば、風吹けばもとより、寒暑は避け極めて気随気儘な畠作。とりわけ省力を旨とし、手間暇のかからない根菜類、大根、玉葱、芋などの限定作物に終始し、いたって怠惰な小農民である。
 とはいっても鍬、鋤をもって土を耕し畝を作り、種を蒔きあるいは苗を植えるには多少の汗をかく。やがて春秋の雨、風、太陽の日を浴びて実りの収穫を得ることはひたすら自然の恩恵にすがるのみ。収穫の度に「買うた方が安うつくよ」と女房はいうが、一日不作の諫言から私にとって畠作は唯一の本業である。
 ところが最近にわかに外出の用事が多くなり、いささか本業に支障をきたしている。
 おりから玉葱、ジャガ芋の収穫期を迎え気になっていた。合間を得て畠をのぞくと玉葱は折れ伏した茎に頭も尻も土の上に丸見えの格好。ジャガ芋も早植えの畝は先の台風で茎は横倒れ、根っこ近くの芋は顔を出している。玉葱は全部、ジャガ芋は3株手掘りして収穫。本業の畠作と外出の用事で近頃は一日不食どころか、気兼ねなく三度三度腹一杯食べている。(満)

174 「目には青葉の候」

 人は周りの人や自然に支えられて生きている。
 至極当たり前のことを無意識になりがちであるが、春から夏へ「目には青葉 山時鳥……」の候になると周囲の生々とした自然の息吹きに支えられていることに気付く。
 庭の片隅に今年も晩春からミヤコワスレが咲き続けている。青紫の花弁に黄の蕊、凛として清楚な花は名前の如くしばしわれを忘れて見とれる。
 そこへ先だって親しい人からプランターいっぱいの花房、ワスレナグサが届く。既に3週間もたつのに淡紫色の小さな花は咲き続けている。この可憐な花は「忘れてはいけない」という名前である。近頃年のせいか、とみにもの忘れがひどくなってきた。そこへ忘れてもいい、忘れてはいけない両花に支えられて初夏の日々を和む。
 このところ外出の仕度に2、3度玄関を出入りしないと万般整わない。眼鏡、時計、財布、さらに自動車の鍵など、「何回出入りしたらホントに出るの?」女房はあきれた顔で声を掛ける。当人自省しきりの最中黙して応えず。
 そういう女房もしょっちゅう置き忘れたものを探すに家中をウロウロしている。そんなときはニヤリとして知らん顔。そのうち「何でこんな所にあるのォー」と自分を棚に上げて一声、やがて静かになる。
 普段の会話も「アレはないか、アレはどうした」「アノ人は何ちゅうかいのォー」と殆ど固有名詞が出なくなり難解で手間がかかる。
 「回れ右」の挙措動作でものごとを忘れる程の健忘の加齢症。その住人をミヤコワスレとワスレナグサは静かに見守る如く花の命は長い。
”人恋し 都忘れが庭に咲き”(淡路)
”忘れねば わすれな草も 培はず”(草城)(満)

173 「早くも夏日」

 居間にはまだ冬の続きの暖房器具や、毛糸のチョッキ・カーディガンなどがそのままである。
 桜の花が終わり急に暖かくなって外は夏日の日射しが続く。
「お暑うございます」
「ほんとに暑うなりました」路地裏で近所の人の行き交うあいさつは早くも夏である。
 庭の樹木は日毎に伸びた新緑で覆われ、その地べたでは見慣れた雑草がいつともなく伸び放題に広がっている。
 今年は春の桜といい、立夏を待たずの夏日といい早目、早目の季節の移行である。
 このような季節の移りに、いとも泰然と自然に順応しているのは草木だけであろう。それに比べ戸惑っているのは動物たち、近くで見る虫や鳥、なかでも人間(我が家の住人)は、特にうろたえている。梅の木に小豆粒ぐらいで毛むくじゃらの卵を並べて生みつけているテントウ虫、いつもなら斑点入りの成虫がチョコチョコ小枝を這いずり回っている筈だが、その姿は皆目見当たらず卵は既に裳抜けの殻。一体どこでウロチョロしているのか?◆近くの山裾や川辺の竹藪で鶯の鳴き声を聞く。夏日もある暖かい陽気にもかかわらずまだまだ下手くそ。
「ホーケキョ、ケキョ、ケケ…」ぐらいで、さわやかに「ホーホケキョ」と澄みわたる囀りには至っていない。
 人間の我が家の住人は目下急な陽気に朝・昼・晩それぞれにうろたえている。
 着るものを厚手にするか薄手にするかその算段に悩むし、寝床の布団に毛布を掛けたり、剥いだりするのも毎晩のこと。
 食べものは温かい煮ものなどから冷たい酢のもの、冷や奴が欲しくなったり、そうでもなかったり。
 はや夏日 日々うろたえる 立夏まで(満)

172 「サイタ、サイタ…」

 かつて尋常小学1年生の国語読本の最初の頁は、大きい桜の木に淡紅白色で満開の花が画かれ、鮮明な4行のカタカナ文字。”サイタ サイタ サクラガサイタ”であった。
 入学式に校庭のあちこちで繚乱と咲く桜に目を見張ったばかり、カタカナ文字を覚えることより口調のいい4行詩的文句はすーと頭に染み込んできた。
 あれから70年、繰り返し繰り返し巡り来る春の桜を眺めている。
 一時に咲き一時に散る桜の花の風情には、さまざまな思いがよぎる。
 とおーくなった戦中戦後の苛酷な時代には、凛として咲く桜花に勇気づけられ、やがて平和のシンボルとして爛漫の桜を賛え愛でる。さらに人生の岐路に立つ年度がわりに咲く一時の花、門出、旅立ち、迎える人、送る人への慎ましくも華やかな自然の贈答花である。
 もとより花に誘われ、花に浮かれ、花に酔う桜の花は古今を通じ変わることなく今に続く。
 今年は一足早い桜だよりであったが、開花の直後寒気が戻り、雨も降り冷たい風も吹き、桜にとって穏やかな春日和ばかりではなかった。
 近所の裏道の土手に20本ぐらいの老いた桜木「温うなったので咲いてみたが今年は案外寒うて雨風もあり、揃って散るのも手間がかかるだろう」なんだかそんな気配で花は長丁場である。
 2階の窓からは年中見飽きている姫山、象頭山の山肌にこの時期、平地の桜に遅れて咲く山桜がポツンポツンと綿菓子のように浮かんでいる。日毎に色合いは紅色に濃くなるが、赤味を帯びた若葉への移りで、やがて周囲の木々の緑に染みいつもの山色になっていく。山深い田舎で馴れ親しんだ山桜、今年もひっそりとサイタ、サイタであろうか。(満)

171 「旧来ノ陋習ヲ破リ…」

 庭のコブシの木に今年も真っ白い花が開き始めた。例年より春咲く花が一足早いようであるが、彼岸入りに寒さがぶり返し、いささか戸惑いの気配である。でも春は万物蘇生の季節、ほのぼのと明るい気分を誘う。
 去年の春は県内各地域の市町村で平成の大合併に取り組む法定協議会が発足し、さらに明るい希望が芽吹いてきた感であった。あれから1年、各地域で精力的な話し合いも、このところあちこちでゴタゴタしており、折角の夢を壊しかねない暗い春の雲行きである。
 そもそも今次の市町村合併は、地域はいよいよ広域で、しっかりした行財政の力をもつ自治体の土台づくりを目指している。したがって今日までの永い市町村の有り様に対し、行政に携わる者はもとより、地域住民もこれまでの意識を大きく転換することが求められている。小事にかまけては到底至難、とおーく将来を見据えて豊かな郷土づくりに燃える勇断が必要である。
 身近な県央2市4町の合併も今問題の焦点の一つに市役所の本庁舎位置が揉めている様子。
 県央に位置する2市4町をもって、新たな自治体の土台づくりを目指す一大事業に、この問題が大事か小事か、冷静に見識をもって対処していただきたい。
 民間のある経営者の話で「我々企業の稼ぎ場所は現場である。それは工場であり、出先の店舗であるから、そこを最も充実し働き易く、顧客に親しまれる装い機能にする、本社は粗末で小さくていい…」。
 広域の自治体を目指す行政にも一考を要する話では。『旧来ノ陋習ヲ破リ…。…万機公論ニ決スベシ。』明治元(1868)年春3月14日、五箇条の誓文片言。古い言葉だが今も新鮮な響きである。(満)