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キラッ/札の辻・21/おんなの目/ご意見・ご質問/バックナンバー
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191「もうすぐ春です」

 鉛色の空から強い風にあおられて雪が舞い落ちてくる。節分と立春がとおーに過ぎた今月20日、それまでは雨や曇り日が続き寒気も和らいでいたようであったが、今朝になって急にまた冬の寒さがぶり返す。
 立春以       秋・立冬はほとんど気付かぬままに通り越し、いつの間にかその季節に浸りこんでいるというのに。
 いつも冬から春への移りだけが、暦の立春を過ぎて一山・二山越えなければ本格的な春の陽気になってもらえない。
 この地方の春到来の目安は、平川の荒神様の祭りであろう。毎年曜日にかかわりなく2月28日である。神様の名前に因んでかこの日は荒れ模様の天候が多く、風雨・風雪・霰の降る日もあるが、これを限りに冬の寒さは確実に遠ざかる。
 ともあれ寒い冬は地球上に生きる万物にとって苛酷な試練を容赦なく与える季節であるが、厳しい冬ゆえに春夏秋が一際映えるというもので、いずれの四季もかけがえのない自然の有難き営みである。
 もうすぐ荒神様でそして春である。
 冬中家にこもりがちで変哲もない毎日をくり返していても、一週間はアッという間に過ぎる。
 「アリャーもう今日は義経”か」と大河ドラマで日曜日に気付く。
 女房もまた毎日同じことのくり返しで、今日も近くのスーパーへ晩ご飯の用意に買い出し。そこで出会った近所の奥さんとペチャクチャ喋る。
 「今晩何のオカズにしよう? 毎日同じことばっかり悩んでもう飽きてきた…」「だいたい私達には定年がないのよねェー」と互いに共感意気投合の愚痴でしばしの憂さ晴らし。されど賄方定年制の手立てなく、ひたすら健在長寿を祈るほかなし。
        (満)

192「春の雪」

 2階の窓から丁度目の高さに見えるカイズカイブキの丸い頭が淡い雪を冠っている。
 桃の節句も過ぎ、冬中眠っていた虫達も這い出すという啓蟄の日、3月5日の朝方である。
 朝食を済ませ再び外を見ると降っていた粉雪は小降りになり、木立の頭の淡雪は既にとけていた。雪雲のところどころにはインキを水で薄めたような青空が覗いている。
 それでも暫くすると今度は木の葉のようなぼたん雪がしきりに降り出し、外の景色はたちまち雪のカーテン越しの風景になってきた。昼近くまで続いたその雪も次には霙に変わり、それも次第に弱まって小雨になる。午後半ばには薄日も射す天気になってきた。日本列島北から南、厳しい寒気来襲、降雪も甚大という予報にいささか戦いていたが、案ずるにこの地方では春の雪であった。
 空があがると庭の梅の木にメジロの番いなどが花蜜を吸いにくる。
 梅の花は咲き始めから終わりまで随分と長い。手帳のメモに庭の梅一輪咲きにけり”と2月14日にある。既に20日を経ているが、なお枝先は蕾をつけ未だ八分咲き。小さな花で蜜の量もしれたもの、鳥の餌にしてはもの足りないであろう。
 今年は珍しく家のような狭い庭の木の実でも、ヒヨやツグミ達が早いうちからことごとく食べつくしてしまった。
 クロガネモチ、南天、万両、さらに薮柑子までも赤い実は一つ残らず無くなった。近所の庭を覗いても同じようにこれらの実は見当たらない。
 昨年の再三の台風来襲が山野の木の実を壊滅し、鳥や獣にとって如何にひどい飢饉をもたらしたかの証である。
 春の雪で冬もおしまい。今年の秋には山野の実りが豊作でありますように。   (満)

193「卒業式の歌・歌…」

 3月は卒業式のシーズン。県内では高等学校の1日を皮切りに、中学校、小学校、各種学校、大学などと春の彼岸入り前後まで卒業式が続く。
 先週テレビで卒業式の歌を全国の中学校を対象にアンケートした結果、歌われる多い順の5位までが紹介された。
 昔我々年代(昭和一桁始め)では卒業式の歌は定番であったが、今では学校毎に自由に選択できる仕組みで、自主性と独自性が尊重されている。
5位 大地讃頌
4位 さよなら
3位 大空がむかえる朝
2位 巣立ちの歌
1位 旅立ちの日に
 なかにはメロディーだけは耳にしたこともあるが題名や歌詞は初対面である。
 いずれも別れを惜しみ、明日からの夢を秘めた思いの歌で卒業式に相応しいものであろう。
 ただ昔の定番だった歌が上位にはとおーく及ばず、歌われている学校もあるという程度に薄れ去られている。
 我々は小学校からずーと学校の卒業式といえば二つの歌で、一つは先生も在校生も勿論卒業生も皆で合唱する「蛍の光」、そしてもう一つは卒業生だけがお別れと感謝の気持ちを込めて歌う「仰げば尊し」であった。
 謹厳実直、博識能弁、怒号罰打といろいろな先生のすべてが、仰げば尊しの我が師であり、少々のワルも腕白も、しゅんとうるみがちになる卒業式が懐かしく思い出されてくる。
 いま学校内では殺人も横行する物騒な時代になり、時代劇の捕物帳の道具である刺股が、考えもしなかった学校の常備用具になろうとしている。
 学び舎から仰げば尊し≠ェ薄れ、刺股が学校備品に登場することになろうとは時の流れのみでない因果関係を感じる。思い過ごしであろうか。            (満)

194「さくらさく」

  このところ天気予報とともに桜前線の開花とその予報がこと細かく報じられている。
 地域毎に決められた観測用の桜の木に4・5輪の蕾が開くと、その地域に開花宣言がなされている。
 今年は寒さが長引き開花も少々遅れ気味、時折り蕾の様子がアップの映像で茶の間に届けられる。枝先からピンク色の蕾がニョキニョキと出て大きく膨らみ、いまにもパカッと開きそうである。「こりゃー明日は咲くじゃろう」と思い込んでその明日が今日になってみると、冷たい雨か、寒さが漂い蕾は昨日のままである。今年の桜開花ほど今日か明日かと焦らされる日が続くのもめずらしい。
 なかには「桜が咲かんから寒さがのらり、くらりするそいの…」といういい気な人もいるが、なんとも平和な心配ごとである。ともあれこの時期、ほかの花はそれぞれにちゃんと咲いている。
 暦の冬が過ぎて逸早く咲くのが馬酔木、時に雪をかぶり花か雪か惑うがそれでも平気で咲いている。雪柳・辛夷も今年は桜より先に咲き始めた。
 桜だけがいとも慎重気味な感じもするが、何処の開花時期も去年よりは1・2週間、平年より4・5日程度の遅れということでそれ程騒ぐこともない。
 もの心ついた頃から桜の満開はいつも4月8日頃。小学校の入学式・始業式には校門の傍と運動場の端々にある桜の大木は、今を盛りに爛漫の桜花、既に春風に舞う花びらもあった。年々歳歳その情景はいまなお記憶に鮮やかである。昨夏は極暑の日照り、そして再三再四の強い台風にもめげず、今年も見事に春を彩るさくらである。繚乱、落花、束の間のさくらなればこそ、咲く花を待ち焦がれ散る花に愛惜の念一入。     (満)

 195「山笑う…」

 山口駅から列車の汽笛が椹野川ぞいに象頭山の山裾をつたって鰐石橋を渡り、わざわざうちの方まで聞こえてくるときは大抵天気の崩れる前触れである。北からの風向きであるがさらに天気の雨模様を早くから察知するのが蛙である。
 パッと咲いてパッと散ったさくらの花が終わり、暖かい陽気が続いた2、3日前、山口線の汽笛に呼応して今年初めて冬眠から覚めた庭の蛙が、例の如く姿を見せず鳴く。
 これで一雨くれば春いよいよ酣である。
 2階の南側からは遠くに姫山を眺める。
 山桜がポツン・ポツンと浮雲のように咲いていたが忽ち新芽の淡い紅色に変わり、ほかの木の薄緑色の新芽にまざってボヤーとしてきた。
 北側の窓からは余所の屋根があって象頭山の中腹から峯の連なりが見える。この山に多い椎の木の若葉が競い合って入道雲のように盛り上がるのは少し先、目下その準備で去年の葉っぱを脱ぎ落としている最中であろう。目立つのは黄色い葉っぱの竹の園生、既に頂上を占拠しているところもある。先だって近くの方々と象頭山に登る。
 三十有余年前、未曽有の災害により水源地・公園が撤去され放置のまま。荒れ果てたあまりの変貌に往時を偲ぶ片鱗も大藪に覆われている。
 身近で市街地一望のできる名山、気楽に散策できるようにしたいものだと思いを馳せる。
 中国の詩人は春夏秋冬の山を詩い山を愛し山を慈しんでいる。
 春の「山笑う」に始まり「山滴る」「山粧う」「山眠る」と冬に到る。
 今「山笑う」の季節、町内近くの象頭山に入ってみると久しく人跡無く、荒む山悄然と黙して笑うことなし。これはなんとかせんにゃーいけんと、みんなで目下画策中。    (満)

 196「しばらくは…」

 ここを読んでおいた方がええよ」と女房は雑誌のそのページをあけて折り畳んでいる。
 運転中の車が不時の故障の際電話一つで何時、何処へでも対応してくれる企業の月刊誌である。
 3月の雪の日、しかも夜道、凍結路面の下りでスラーッと滑り、歩道分離帯コンクリートを前輪片方が越えて車が止まる。
 同乗の女房もびっくり驚天、早速件くだんの企業に電話してことなきを得た。
 以後我が運転に女房はいささか不安不信の念。 折しも見つけた高齢者運転への警告の記事を提示。見出しは「増加する高齢ドライバー」そして太字で「気付きにくい『認知症』による事故」とあった。耳新しい言葉の認知症について最寄りの人にきくと、これまでの痴呆症の表現には差別的、侮蔑的な意味合いがあるのでこれを改めることにしたとのこと。
 高齢者の老化と認知症は同じではない。その違いは前者は自覚があるが、後者には自覚がない。従って車の運転に家族、本人自ら平素のチェックが必要で、記事にはそのポイントのいくつかが例示、それが頻発すると運転を止めるべきであるというのが結語であった。幸いにポイントの各項目に一つぐらいはひっかかるが頻発の状況ではない。
 「物忘れ」も認知症と老化の症状は違いがあり、前者は経験そのものを忘れる、さっきご飯を食べたばかりなのにまた要求するというケース。後者は親しい人の名前がとっさに思い出せない、でもしばらくすると思い出すということらしい。少し安堵したが油断大敵、物忘れの老化は日に月に進行著しく、それが高ずるとしばらくしても思い出せない認知症に。そのしばらくがい
つまでか? 今のうちしばらく車を運転する。      (満)

 197「椎の木の花盛り」

 椹野川とその支流にそった山並みを彩る新緑の季節、このあいだまで一際鮮やかに目立つのが萌黄色の椎の木の花模様であった。
 とりわけ今年は普段の年に比べて目を見張るほど燃ゆるが如き花柄で、春から夏へ勇躍する息吹を感じる光景である。
 日がなそんな山を眺め、こんなに沢山の椎の木があったのか、そしてまたいつもより威勢のいい花になんだか不思議な思いであった。
 5月中旬、某新聞に次のような記事二つ。
 一つは「新緑の山に黄色いアクセント」『正体はシイノキの花』と題して地方版に写真入りで紹介。かつては炭の材として有用され伐採も盛んだったが、木炭の需要減と共に放置され繁殖が進んでいる。なるほど、自然林に椎の木の多いことを頷く。もう一つの記事は『赤道で西風、日本列島に台風』「昨年の大量上陸、気象研究所が分析」。
 昨年は6月の早い時期から10月にかけて過去最高の10個の台風が上陸。
 赤道付近で西風が吹くと台風は日本列島に上陸するコースが多いという分析。すべての動植物にとって種族の維持存続は本能である。
 昨年の度重なる台風は、椎の木をはじめ山野の木々の実を若いうちから悉く?ぎ取り、種族の本能を打ち砕いてしまった。今年こそはその災難を挽回すべく、確実に種族維持の願いをこめ、まずは花の勢いを示しているのではなかろうか。
 それなら見事に燃ゆる椎の花盛りも納得が行く。もちろん樫の木や楢の木のドングリの花も目立たないが旺盛に咲いているに違いない。風吹ケバ桶屋ガ儲カル”の類いで赤道付近ノ西風、日本列島ノ木々花盛リ”という因果関係があるのかな。閑人夢想、山滴るの季節。     
        (満)

 198「居 候」

 新年度(4月)から早くも2カ月、山々は日毎に濃い緑に染まり、街路樹の並木は一端の枝葉を広げ一足早い夏日の日陰をつくっている。
 サラリーマン稼業を志した新入社員にとっては、未知の仕事や職場に多少慣れて面白味もある一方、これがわが生涯の本分かと悩み煩う五月病の季節でもある。
 職場を同じくしそんな稼業を漸く終えたOBの総会が毎年5月末にある。
 その会合の資料に、会員のうちこの1年間の物故者と、今年傘寿を迎えられた名簿がある。悲しみと、お祝いのお名前をなぞり、来し方を思い浮かべ感慨一入である。
 どちらも多人数で、一クラスを40人としてもそれぞれ二クラスに及ぶ大勢の方々に驚く。
 一方新入会員も今年は三クラス近く、OB会もいよいよ盛会である。
 新入会員の方には「永々御苦労さんでした」と声をかけると「お陰様で…」と安堵した開放感と、次の第二の人生への意欲を伺える明るさであった。ある新入会員氏曰く「退職後、間もなくは、外の景色、庭の草花が、これまでになく美しく目に映り、しかも日がなのんびり、なんと素晴らしきことかなと過ごしてきた。それもそんな日々が2カ月も続くと、さすがに女房も鬱陶しい様子で『あんた何処かへ行ったら…』という。近く目下仕事にありつけるかどうかというところですが?」と苦笑いしつつ居候も楽じゃない思いを語る。
 かつてサラリーマン川柳に粗大ごみ 毎朝出して 夜戻る”(主婦)というのがあった。
 たった2カ月で長年のサラリーマン生活リズムがそう簡単に払拭できるものではない。
 日がな居候といえども相応の年季と精進を要し、かつその道は我流のほかはなし。(満)

 199「梅雨ならば梅雨らしく」

 平年より遅ればせの今年の梅雨入りはその日も体裁ばかりの小雨で、前後とも日和続きである。
 梅雨晴れは普通梅雨の中休みといい鬱陶しい最中ほっと一息つける日和であるが、今年は初めから休みで言うならば梅雨のズル休み”なのか。
 もっともまだ前半を過ぎたばかりで、このまま旱梅雨で終わるとも思えないが、この時期にこんなに日和が続くと自然の万物にも変調が見受けられる。
 夏鳥で人懐っこいつばめ”の姿が少ないこと。渡り鳥のつばめの本籍なり古里は、もともと生まれ育ったところのこちらである。毎年同じ巣か、又その近くに帰ってくることが多いというのもそのせいである。
 今年はその古里が日照り続きで、ブトやガ、トンボ、チョウなど彼等の餌が少ないので、仕方なく余所で暮らしているに違いない。それにしても方向転換意のままのあの飛翔の勇姿、電線に夫婦仲良く羽繕いをしながら「ビチュ・ビチュ・ジューイ…」と早口で、こちら育ちにしては難解な方言の話し声が聞けないのも少し淋しい。
 いま一つは庭の蛙がここ当分全く鳴き声を聞かなくなったこと。夕方庭に水撒きをすると葉裏に潜んでいた蛙が飛び出してくるが、雨と見紛うことなく鳴くことはない。雨模様の気配か降り始めなど喜々として鳴き交わすに、そんな機会に恵まれずひたすら黙して過ごす。これまた梅雨時にしては意外である。
 イブキの木陰の十薬、塀越しに隣の紫陽花ともに雨が大好きで、いつもなら生い茂り花咲き乱れるはずが、今年はしょんぼりと雨を待ち焦がれる風情である。既に真夏の日照りが続き、何もかも干涸びてしまう。梅雨ならばやっぱり梅雨らしく願いたい。 (満)

 200「ミミズの出歩き」


 庭の日当たりの地面に強い直射日光に晒され、干涸びて惨死したミミズ、それを嗅ぎ付けた蟻が何処からともなく続々と群がってくる。
 この季節によく見かける光景で、中には舗装した道路に這い出し、敢えなく遭難するミミズもいる。田舎の小川で釣りの餌には、もってこいのミミズは子供の頃からよく親しんでいた。
 ドロバイ・ハヤ・フナなどは小さめのミミズ、ウナギの穴釣り用は20a以上の大きいミミズが必要である。
 土を掘りかきまぜてミミズを手にすると粘液でぬれた体をくねくねし逃げようとするが、かぶりもせず刺すこともなく優しい虫である。
 ミミズは釣りの餌か、モグラ、野ネズミ、カエル、アリ、鳥などのもっぱら食糧になるために生きているのではと思っていた。百姓の親爺から「ミミズは土を食べ土壌を耕転、改良する大事な虫…小便をかけると陰茎が腫れぞ!」と教えられたのでそれだけはしなかった。
 冒頭の地表へ出歩くミミズの生態は、一体どんな理由だろうか? 多分日照り続きで地中も高温となり居たたまれなく逃げ出したのに違いない。
 それにしては集団でなく1、2匹の単独行動が不可解で、何時もの専門家を訪ねる。
「ミミズは湿地が好きで粘液体質、だから雨が降るときのみ行動が自由な地表に出ることがある。災難は雨が上がって天気になったのに地中に潜ることが遅れたか、固い土で潜れなかったためである。地中の温度は高低が少なく夏でも住み易い環境」
 これまでの推測はまるで的はずれであった。
 7月に入りこれまでの空梅雨を取り戻すかの纏め降り。蚯蚓君、出歩きにはええが、用心しーさいや。 (満)