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210「忘年会」 |
| 年の暮れの初忘年会は同い年のメンバーで、先月の末日であった。 平均寿命にほぼ到達した面々でお世話役は今日、明日を思いやり、早くからの案内通知、万端の準備にご苦労様でした。 予想以上多くの集まりで設定の場所では少々窮屈な部屋であったが、肩、膝寄せあってぎゅうぎゅうに詰め、なんとか収まる。 自前、両隣のお膳料理領域も定かならず、飲み、食い、語らいは隣同士くっつき、もっつきで団欒、一入の夕べであった。 忘年会は互いにこの1年の苦労を忘れ、無事息災を祝う宴といわれている。まず苦労を忘れる”ことについては、この年で忘れたい程の苦労をしていないばかりか、年々物忘れがひどく、一昨日、先一昨日のことなど忽ち忘れるので、その意味ではこの年になって忘年会の用はない。 ところが無事息災”については「よくぞ今年も生きにけり」という思いがあるので大いに祝ってしかるべき。 したがって宴の語らいは所詮、身の調子を言い合う。大病の罹患、治療の経過については皆耳をそばだて、その後はざわざわ薬の効能、常備薬の頓服、さらには医者の藪、藪でない評論に及ぶ。たがいに共有、共感の話題で賑やかに盛り上がる。 隣の御仁小さい声で耳そばに近づき曰く。 「これからがマラソン(人生)の本当の勝負デノ。10年先何人残っちょるじゃろか? 早ように終点(この世と決別)に入った方が負けで、なるべく遅うに着いた方が勝ちじゃからノ、ヘヘ…」成る程と笑って頷くが、ヨタヨタと時間切れで走り続けるのもどうだろう。人それぞれの思いであるが、思い通りにいかないのが浮世で面白い。 (満) |
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209「冬ごもり」 |
| 1年のうちで気候のよい春と秋、温暖、爽涼の季節であるが、このところその時期が総じて短くなった感じである。 今年もついこの間まで「いつまでコネェー暑いのが続くのかノォー」と文句を言っていたが、今では急な朝夕の冷え込みで「何を着りゃァーエエかノォー」と下着から上着の算段にぶつぶついう。 暦の11月は霜月、二十四節気の立冬、小雪に至る。 庭の虫達もいよいよ冬ごもりである。 蛇、蜥蜴、蛙、蟻などはそれぞれ定位置の住まいがあるのか一足早く一斉に姿を暗ましている。 地上を飛び回りこもる場所を探すのがまず足長蜂、単独で垣根や家の土台辺りの空き間を目ざしている。女王蜂のみが独りで冬を越し翌春一群を創生する大役を担う。 番か集団で冬ごもりをするのがカメムシ。 うちのカメムシは家の中が好きで再々2階のしかも寝間の部屋に忍び込んでくる。寝床の枕元のそばにつんどくしている本の間か、さらに堂々とふとんに入っていることもある。何かのはずみにさわるとあの異臭を発す、相手も魂消たであろうがこっちも大騒動。団扇に止まらせて外に放り出す、一匹だけで安心しては駄目、必ず番がいることを覚悟して探し出すことが肝要。 さてこれから当分「お寒うございます」と寒さに愚痴のこもったあいさつの季節である。思えば人間の自然に対する挑戦は、進歩とか近代化といわれてきた。中でも冬は暖房、夏は冷房に慣れきってしまい、折角の自然の豊かな四季の移りの感動も薄らぎ、はては地球温暖化による由由しき問題を生じている。 冬来りなば庭の虫達を見習い爺婆冬ごもりに専念す。 (満) |
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208「味噌桶の旅」」 |
| 今年は孫達のいる東京へこちらから行くのが懸案になっていたが、漸くその思いを先月の3連休に果たす。 季節は秋の入り、しかも連休に体育の日もあって日本中この時期はいつも好天の筈である。 ところが連休の間、皮肉にも東京地方のみが連日の雨、まさに味噌桶が出ると雨が降る”の諺どおりである。 田舎の家の味噌桶は日の当たらない暗い台所近くの場所に年中おいてあった。 滅多に外に出ることがないので、たまに外出をした人を味噌桶にたとえた比喩であろう。 東京の街は相変わらず、いや以前にも増して高層ビルが林立櫛比、谷底のような道路は車と人の群れが騒然と行き交い、田舎者にはその圧迫感で息苦しくなる。 幸いに都内の移動は殆ど子供の運転する車であった。 大きくなった孫を中心に子供達と歓談、いつも爺・婆2人だけの食事が俄かに大人数で賑わう。 列車と自動車そして大家族の団欒は、いつもと違うリズムでくたびれる。雨が幸いしあちこち動かず、2泊して帰る。往復同じ新幹線のぞみ号を利用。約1千`、僅か4時間半の旅、便利になったものである。 困ったことは列車内の椅子の背枕、少し高い位置にあって女房は首が痛むという。 周囲を静かに見渡すと方々のお客さんは枕を適当な位置にして眠ったり読書をしたり。 ハテと枕の裏側をアレコレしていると難無く上、下自由に動かすことが出来た。 静かに二人で苦笑いをしたが、これを発見したのは復りの岡山辺りを過ぎた頃で、既に終点まで幾許の時間もなく残念なり。 いい年寄りの田舎者と味噌桶の旅、おかしくもありくたびれもした。 (満) |
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207「神無月」 |
| 10月の和風月名は神無月といわれている。 日本の豊かな季節感から名づけられたものは、それなりに納得がいく。 例えば 3月−弥生 4月−卯月 5月−皐月 9月−長月 11月−霜月など。 そうでない月名の起こりはいくつかの説があって、これだという定説はないらしい。 ようは楽しい説に夢をふくらますのも一興である。神無月について、ある本は次のようにあった。「10月の中旬、11日から17日まで国中の神々が出雲に集まって会議をする。 1週間の寄り合いであるが遠くの神は出雲まで10日ぐらいかかり、往復20日でほぼ1カ月を要する。このため各地方の神々は留守でいなくなるので神無月という。 神々は縁結びの用務で結婚させようとする候補者名簿を交換し縁組を決定。ここで決まらない人は来年まで待つ…」とあった。 このほかの説に、10月は雷が鳴らなくなるので「雷なし月」とか、また新嘗の準備として新酒を醸す月、すなわち「醸成月」というのもある。 今日の時代的要請からすれば縁組会議説が望ましい。少子化の趨勢に歯止めをかけるのは、何よりも多くの縁組を成就することが先決である。 そのためなら神々の集会を年に1回といわず上、下半期年2回の神無月を設けてもよいのでは。 もっとも「わしゃ、いかん」という神がいて、その代表格は天神と金比羅権現、留守神として家や村にとどまっているのが竈神、恵比須、大黒、道祖神などだそうである。 そんな神無月もあと3日、急に朝夕の冷え込みがひどくなってきた。朝、昼着るものの案配に手間取り、着たり脱いだりで日がたつ。 (満) |
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206「屋根の葺き替え」 |
| 隣のご主人は屋根屋さんの大将、工事場の立ち話で「家の寿命は7割方屋根が役目を果たしているから…」とポツリ。 たしかに屋根は雨露、風を防ぎ直射日光や熱、湿気、音などをさえぎる役目を年がら年中果たしているので、なるほどと頷く。 この家に住んで既に25年余、隣近所も同じ時期で殆どの家々がここ3・4年の間に屋根を新しく葺き替えられている。 古いままでいた我が家の屋根は去年の9月6日、台風18号の強風に敢えなく破れた。 当時の模様は強い雨風に昼間とはいえ薄暗く、一瞬強烈な突風に家が揺らぎ、ガシャン、バタンと屋根上から大音響、その後断続的な突風に異様な音が天井裏に響く。 幸いに雨漏りはしないものの、屋根の破れ具合は皆目わからない。 そのうち前隣の方から「お宅の屋根が少し剥がれて、何かブヨブヨしていますよ」と電話で知らせがあり、大したこともなさそうで少し安堵。 こんなときさらに心強いのは、横隣が屋根屋さんであること。もっとも今では手広く増改築もされる工務店である。 台風が去り明けての早朝、隣の大将は自分の庭から長尺の梯子を家の屋根に架けて上り、「応急処置はしたが、いずれまた…」とひと言。 一番近くの怪我人を最初に診察し、連絡の入っている多くの怪我人の往診に急ぐお医者さんの素振りにも似た台風直後の屋根屋さんであった。 あれから1年、この程漸く我が家の番に回り、残暑の秋日和屋根葺き替え工事はほぼ10日間で完了。「見栄えがよーなった」と隣の大将に褒められて気をよくしている。 庭の彼岸花は襤褸切れのように萎れ、緑の新葉が顔を出しハミズハナミズの異称どおり秋はゆく。 (満) |
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205「秋彼岸」 |
暑さの果ても彼岸まで”という秋のお彼岸は今日が中日である。 |
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204「異常気象」 |
寝る子は育つ”というが我が家には爺と婆のみで、そんな明るい展望の風景はない。 |
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203「夏休み」 |
夏休みもあと僅かでおしまい、子供達は今頃どんな思いだろうか。 |
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202「食物連鎖」 |
庭の植木や草、垣根の蔦が蒸し暑いこの夏、大いに茂り伸び放題。 |
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201「昔の光 いま何処」 |
諺に雷が鳴れば梅雨が明ける”といわれている、今年の梅雨明けもまずはそのとおりであった。 |