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 257「平均余命幾許か」

 “又ことり喪中の
    はがき12月”
 何時頃の川柳であったか、今では11月に入ると間もなくことり、あるいはどさりとその数が年々増えて届いてくる。
 年賀状の売り出しが11月1日に早まったので、喪中の先様には過ぎゆく1年の早さ淋しさを、余計に感じておられることであろう。
 一方その数が増えたのは賀状交換の多くが私とほぼ同世代、それ故に諸行無常、喪に遭遇する機会も所詮多くなるというもの。さて本欄先号の晩秋に続き、人生黄昏色に沈みがちであったが去る14日、日野原重明先生、96歳のお話を聴く機会を得、いささか戸惑いと喝を入れられた感である。
 先生は90歳で「実りある第三の人生のために」75歳以上の老人に呼びかけ「新老人の会」を結成し会長に就任。その後60歳〜74歳をジュニア会員、20歳〜59歳をサポート会員として、
 愛し愛されること
 創めること
 耐えること の三つをめざし、会の運動・拡充に飛び回り、国内で超多忙な超高齢者として親しまれている本県出身者である。
 その日も矍鑠として壇上に、しかも活歩し音吐清爽な長講にはとてもお歳を感じるものはなかった。
 「平均余命ならば私はまだ4・5年ありますよ。80歳の方でも男性で8年、女性11年余もあります。これから何か創められても遅くはありません」いやはや恐れ入るばかり。ぼんやり寝て食べては禽獣にも笑われる。(満)

 256「晩秋か」

 日毎に朝夕の冷え込みがひどくなり、毛糸のチョッキ(今ではベストという古女房の言)からカーディガンを着るほど、深まる秋の気配である。
一方紅葉は山頂から山裾にうつる最中で、庭のモミジ、ドウダンツツジも未だ薄紅の色合いである。
 朝夕、急に寒寒とした晩秋の模様に、この冬が果たして越えられるだろうか? 夏の猛暑はなんとか凌いできたが、とそんな思いが心のうちをよぎる。それというのも憂愁な自然の営みが、秋から冬の季節に多い。
 吹く風徐々に冷たく、
 黄昏に茜色の夕焼雲、
 田ん圃には稲刈りあとの根株から雄雄しく萌える?穂、やがて枯れゆく定めを知るや知らずか、秋風にそよぐ。
 庭にいた蟻、蛇、蜥蜴などすでに土の塒へ姿を隠す。
 夕暮れに植木鉢の水やりをすると手足や首あたりを目掛けてチクリ、夏の後れ蚊、健気に生きてきた最後のひと仕事ではなかったか。こうしてみると晩秋から冬の時期は、万物の殆どが静かな眠りにつくか、あるいは終焉を迎えるような季節である。
 今年は昭和でいうと82年、思えばその殆どを長らえてきた。
 いつ逝ってもおかしくない年代。「ちょっと早過ぎたのォー」ということは先ずない「とうとう逝ったらしい」で話題は終わる。
 それにしても身辺の整理なお不十分なきらい、深まる秋に精を出したい。
 思えば遠くへ来たもんだ…。    (満)

 255「人間も自然も…」

 朝方急に冷え込みいきなり晩秋がやってきた。
 居間にはまだ扇風機があるのに咄嗟にストーブを引っ張り出して当座の間に合わせにする。
 今頃とりわけ今年は季節の変わり目が、昔のように定かでなくまた、なだらかでもない。
 だから冷・暖房機器が同じ部屋に居合わす不自然な状況となった。
 先だって新聞の投句川柳に次の一句、
?人間も自然も どこか狂っている?
 まっことそんな世間の様子が頻繁である。
 帰宅寸前のいたいけな子供を殺伐した非道な仕打ち、よもやと思う老舗の食品衛生に関わる不法、不始末など、人間悪行の数々に食傷する。
 また自然では、地震・雷に地球温暖化による異常な変動。記録的高温から高温日の最長記録などで季節が狂ってきた。
 このような原因は少々飛躍するが、自然をみくびった人間の生き方そのものにあるのでは?
 漸く環境保全が世界的に関心を寄せられつつあるのもその証左の一つ。
 少しでも自然に順応する生き方を求め、さらに日本では麗しき天然の四季を大事にしたい。
 ときは既に晩秋、今年は短い秋ではなかろうか。秋晴れの爽やかな日々、催しものや、寄り合いが多い。
 長い猛暑は青菜に塩であったが、しあわせにも秋気、秋風にはきもどりできるだけ寄り合いに参加する。
 飲み講の一席は、既に湯気たつおでんを囲む止まり木で、老壮ともども秋の長夜に肝胆相照らす。   (満)

 254「小作農畑作 引退」

  10月に入り朝方めっきり涼しくなり、これまでの半袖シャツの着替えでは寒くなってきた。
 長袖に着替え新聞を取りに庭に出ると、草むらに透明な藍色の露草が凛と咲き、朝の眠気を覚ましてくれる。
 やっと本物の秋到来かと喜んでいると、そのうち日が昇りだんだん暑くなり、日中は夏日か真夏日の残滓が続く。しかし夕方日が落ちると涼しくなり、家々に明かりを灯す頃庭の虫達は一斉に秋の夕べを奏でる。
 朝・夕秋で日中は夏日、そのためか夏ばてが尾をひいている。
 午睡の転た寝は次第に高じて長時間の昼寝、惰眠の域に達してきた。
 この夏初めの頃玉葱、ジャガ芋の収穫を終えた畑は、猛暑にかまけて放ったらかし。夏草は背丈ほども生い茂り周囲の几帳面な畑作に大迷惑。
 そんなこんなで体力も減退、野菜作りの小作11年目にしてこの程引退。
 それにしても偉大な自然と大地に感謝。
 私如き自堕落な小作でも、畑を耕し畝を作り、種や苗を植え、時折りの見回りだけで時期がくればちゃんと収穫できる。地主さんに、そして小作同業者のご教導にも深甚の感謝。
 11年の間、畑の周辺と通う道々の田園風景の様変わりにいささか驚く。戸建住宅、マンションの群立、田畑はあちこちに居心地の気まずそうな点在に変貌。農耕の従事者高齢化によりやむなく離農、かててくわえて「農は国の本なり」の言葉も今いずこの現象か。      (満)

 253「ほんとの秋を待つ」

 彼岸過ぎても頑固な暑さにうだっている。
 夏という季節が長逗留するようになったのか、あるいは暑さの居座りだけが癖づいたのか。
 昔からの暦にある立秋、処暑、白露など、おかまいなしの厳しい暑さである。
 しかし時節の月は秋、柔順な自然界は暑さに戸惑いながらも秋の気配で動いている。
 渡り鳥のカラスの一陣が鰐石橋付近にやってきた。何時もなら群をなして日に日に陸続と到来し、この界隈は朝夕その羽ばたきと鳴き声で騒がしくなる。それが今年は一陣の群れのみで、うろうろとその居場所も定かならず。後続は残暑高温を察知してか途中道草を食って到着せず。
 あちこちの庭の垣根越しに淡紅色か白色の百日紅が今を盛り咲き誇る。
 晩夏から秋風の吹く頃まで、咲いては散り、咲きつぐので百日紅の名があてられている。
 今年のように暑さが長く、秋風が遅れると百日の間では済みそうにもなく、お疲れさまである。
 庭のイブキの木陰を定位置にしている曼殊沙華は、彼岸を目指して花茎を伸ばし、真赤な花を開いているもの、木陰だから未だ莟のものもある。
 田園の畔道に群生の曼殊沙華は、熱い日射しに晒され短い花の命で哀れなり。
 春夏秋冬の四季で、冬から春へは“春よ来い、早く来い”と詩にもあるが、今年は夏から秋へ、しかもほんとの秋が待ち遠しい。    (満) 

 252「夏の雷」

 生まれてこの方、これほど酷い暑さの夏ははじめてのようである。隣近所の年寄りもほとんど異口同音の思い。「こねェーに暑うちゃー長生きをしてもエエことはありゃーしませんのォー」と嘆き節。
 今年の暑さは体温並みかそれを超える気温、少し動けば汗が滲み出る。
 外は焼け付くような炎天下、出歩きはたちまちへこたれる。
 夏の暑さを凌ぐ手立ては昔から様々に工夫し知恵を凝らしてきた。
 今最も近代化された設備が空調機器、エアコンであろう。この夏は昼夜これに頼らざるを得なかったが、子供の頃から団扇と扇風機に馴れ親しんだ身には、どうも体調には好ましくない。
 なんとか暦の24節気、処暑8月23日を迎え、気温はさほど変わりないまでも、その頃から今年はなぜか雷注意報が連日の如く発令。
 いつ頃までか夏の風物は、雷と夕立がつきものであった。
 山頂から盛り上がる入道雲の空が一天掻き曇り、遠雷とともに一陣の夕立が大地を清める。
 それは昼間の暑気払いである天の恵みであった。その夏の雷が折角今年お出でになったものの、少々臍曲がりの感。
 先ず時と所を選ばずの放浪癖。雷注意報は毎日、でも何処の空で雷光、雷鳴か一向に見えず聞こえずの日も多し。時折、昼夜を問わず耳を劈く轟音、驟雨の来訪で驚くばかり。 昔の夏の思い出、夕方の心和む遠雷と夕立を懐かしむ。   (満)

 251「猛暑日」

 気象庁は6月初め「この夏は相当暑くなるだろう」という長期予報にこれまでの暑さ用語の2段階を3段階にして猛暑日(35度以上の気温)を新設。
 暑さ予防の警告であろうが、いささか脅しのようにも聞こえていた。
 ところが7月下旬に遅れた梅雨明けから日本列島津々浦々、じりじりと暑くなり8月に入るとさらに鰻登り、真夏日から猛暑へと長期予報適中の暑さに至る。
 その暑さときたら多少地域差はあっても猛暑日の猛ではまだ手緩いほどの暑である。
 気象庁には脱帽のほかはない。予防策はできるだけ出歩かず、冷房の厄介になってひたすら時節のうつりを待つ。
 それでもこの暑さの期間中県立博物館で開催の「昭和展」に出向く。
 昭和30年代の町並みや庶民の生活風景、風物。
 駄菓子屋に並ぶコンペイトー、ボンタンアメ、スコンブなどなど。
 四畳半の居間に卓袱台を真ん中にして、周囲に小さな鏡台、角に箒や叩き、柱に日捲りの暦など当時がそのまま出現。圧巻は高度成長期に向かい三種の神器として普及した冷蔵庫、洗濯機、テレビである。当時をしのび多くの人込みの中で懐かしく見入る。
 その館内は暑い外気を遮断し涼やかな冷房であることもついつい気付かずにいる。
 昭和展の風物から50年、その間近代化追究の猛進が今日の生活環境。快適さ、便利さにもそれなりの報いがある。猛暑日もそのつけの一つでは…? (満)