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おんなの目

おんなの目 夕暮れの町 (2005年1月26日)

 まだまだと思って友人と喫茶店で話し込んでいて、じゃ又ね、と言って扉を開けて一歩出てみたら、なんということ、とっぷりと暮れていた。 急いで循環バスに乗り、過ぎて行く窓の外を見た。横を走っている乗用車には、1人の50歳くらいの男性が乗っていた。助手席にはカバンが置いてある。勤めを終え帰宅途中なのかしら。彼を待っている人はいるのだろうか。背をかがめ、ハンドルを抱え込むようにしている男を見ているうちに、かたつむりのように車を背負っているような気がして可笑しかった。
 ネオンに照らされたパチンコ屋と焼肉屋の看板がやたら目につく。台湾の人に、「パチンコ屋さんはあるの」と聞いたことがある。返事は「2軒くらいある。私は日本でパチンコを覚えて中毒になり、台湾でやってすごく負けた」と言っていたことを思いだした。焼き肉屋の前でバスが停車した。香辛料の複雑な匂いが入ってきた。この焼肉店で貰った割引券が今月までだったのを思い出し、揺れる中で財布を出して期日を確かめた。行くチャンスはないので破った。
 小学3年生くらいの女の子がランドセルをしょって歩いている。早くお帰り、お母さんが心配しているわよ。人さらいがこないうちに走ってお帰り、心の中で叫んだ。女の子の白いズックを目でいつまでも追った。
 霊柩車が行く。見知らぬ人よ、どうぞあの世でゆっくりお過ごし下さい、と手を合わせ頭を下げた。私はあんな豪華な霊柩車に乗れる立派な死体になれるだろうかと心配した。

おんなの目 あけましておめでとうございます (2005年1月12日)

 皆様、あけましておめでとうございます。今年も皆様には、つつがなく新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。本年も今までどおり「おんなの目」をよろしくお願いいたします。お気づきのことがございましたら、ご遠慮なくご指導をお願い申し上げます。
 私は、いつもなら朝起きて顔を洗っても鏡など見ないのですが、元旦はそうはいきません。洗面所には新しいキラキラした光が満ちていて、きちんと身支度しなければならない気分になります。鏡を見ました。なんということ! いつもは見慣れている皺が、元旦の光の中では、くっきりと深く刻まれているのです。それに、あまり良い顔をしていません。
 友人が、私が写した彼女の顔のアップの写真を見て言った言葉があります。「美人じゃないけれど、嫌な顔ではないからいいわ。許す」と。美人不美人は本人の責任ではありません。しかし、良い顔か嫌な顔かは、気になるところです。特に写真では自分の心の中まで全部顔に出てしまうのですから。
 去年と同じ時間が止まることなく、変化することなく流れていると思うのに、何故か新年という響きは、私に新しい覚悟、心構えを求めます。差し込む光も鋭く、私の顔を鏡にはっきりと映します。私の今年の目標は、この顔を良い顔にすること。皺を美しく顔の中に定着させること、そう思っています。
 皆様、そして地球の全ての人々に今年が良い1年でありますように。

おんなの目 石垣りんさん (2005年1月19日)

 昨年の暮れ、詩人の石垣りんさんが亡くなられました。石垣さんは、1920年東京生まれ。山口県にも何度かおいでになり、私は遠くからですが講演を聞きました。もう、どんなお話しだったのかも忘れてしまいましたが、そのお名前どおり凛となさった方でした。それだけは、はっきりと記憶にあります。
 石垣さんの訃報の載った新聞を見た日、近くの本屋さんで石垣さんの書かれた本、「ユーモアの鎖国」を見つけました。早速買い求めて、裏表紙にあった石垣さんのキリリと引き締まったどちらかというと古風なお顔を眺めながら、ページをめくりました。エッセイと詩の交じり合ったもので、言葉の滑らかな、そして考え抜かれた表現を辿っていると「新年」という詩がありました。ちょうど今にふさわしいので書いてみます。
   「新年」
それは昨日に続く今日の上
日常というやや平坦な場所に
言葉が建てた素晴らしい家、
世界中の人の心が
何の疑いもなく引っ越して行きました。
 新年のはがきに刷りこむので8行以内、期限は5日、そういう制約で依頼された詩だったそうです。前述の詩を送ると、依頼主は「あの詩は適当でなかったので、他の方のを使いました」という返事。陽の目を見なかった詩なのですが、いい詩ではありませんか。2005年に私も何の疑いもなく引っ越して来ました。経済という発展ではない何かを信じて。