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おんなの目

出会い (2009年2月28日)
 「悲しみは生きて別離するより悲しきは莫く、楽しみは新しく相知るより楽しきは莫し」。“およそ人間の悲しみの中で、生きながら別れることほどつらく悲しいものはない。また、人生の楽しみの中で、新しい知己を得ることほど楽しいことはない”(中国名言名句の事典より)。
 現在は、「生きながら別れる」ことの辛さは少ない。飛行機も電話もあるから、友人達と遠く離れていても、その気になれば会える。その存在は身近に感じられる。辛くはない。古い時代の中国では、目の前から消えるということは、もう二度と会えないということだったのだ。あの広い国では別離は悲しきの極みだったのだ。
 楽しみの極地は、新しい知己を得ること。これは、昔も今も変わりない。新しい友人を得るのに、偶然もあるが、それだけでは決してない。偶然の前に自分が行動を起こして、その場に自分を連れて行っているのだ。自分で切り拓いているのだ。
 講演会でTさんと友人になった。偶然、隣り合わせの席についたのだ。座った位置は偶然だが、その講演会を選んで出かけたのは私の意思だ。Tさんもそうだ。話し掛けたのは両方の思いだ。その後の新しい付き合いは、二人で築きあげて行くのだ。そこに人生の楽しみが生まれる。
春よ来い (2009年2月21日)
 もう節分も立春も過ぎたのだから、春に近づいたということですよね。「立春なんて、暦の上だけのことよ、例年もう一度必ず大雪が降るんだから」なんて友人は言うけれど、私はすぐに暖かい春が来る、と思いたい! 私は寒い冬が苦手。理由は、冷え性なんです。
 先日、デパートの化粧品売り場を歩いていたら、鼻の高い美容部員の人から「お客様、春用のメークに切り換えられませんか?」と声をかけられた。私は、売り場のピカピカに磨かれた鏡を覗き込んだ。誰? この女、私じゃないわ…血色の悪い皺がいっぱいある顔…鏡の中には、知らない女がいました。だって、家の中は薄暗いし、鏡は汚れていてはっきりと映らない。だから、家の鏡に映る私はとびっきりの美女よ!
 もしかしたら、季節だけでなく、身辺にも春が来るかもしれない? なんて考えて美容部員さんに春用のお化粧をしてもらった。丁寧に丁寧に土台から塗って30分。覚えられないほどの手の込んだ工程。アイラインを濃く引き、右頬の褐色のシミ群も手際よくなにかを塗って隠し、
最後に頬紅をさした。顔はピンク色、春色になりました。ルンルン気分です。
 家の前で遊んでいた隣の2歳のカナちゃんは私を見て、「オバチャン、変、目が恐い」と叫びました。

続・ニセ愛猫家 (2009年2月6日)

 1月16日のこの欄に「ニセ愛猫家」が掲載されてから数日後、私はこんなおかしな体験をしました。
 朝、私がパンを齧りながら、ぼんやりと外を見ていたら、死んだ猫のゴンタが塀の上を歩いているのです。私は、おもわず「オヤ、おまえ朝の散歩かえ」と声をかけてしまいました。ゴンタはポンと屋根に飛び上がり消えました。
 昼、うどんをすすりながらテレビを見ていたら、フロリダの海岸で遊ぶ人達の映像の中にゴンタがいるのです。それも美女の腕の中! 私はおもわず「オヤ、おまえどういうことなんだよ。おまえの好みは黒髪の私ではなく金髪かえ」とどなってしまいました。その上キンキラキンの派手な首輪までして、すましているのです。
 夜、門の鍵を閉めようと出てみると、ゴンタがいそいそと歩いているのです。「オヤ、おまえ夜遊びかえ。その角の空地には宿敵トラオがいるよ。喧嘩はもうおやめ。喧嘩の傷口から入り込んだエイズ菌でおまえは死んだんだからね。わかっているのかえ」。振り返りもせずゴンタは行くのです。その背に私は「今夜はおまえ私のベッドでお眠りよ。いい匂いがするよ」と囁きました。でもゴンタはスタコラサッサ、行ってしまいました。私はニセ愛猫家ですが、こんな至福な体験をしたのです。