晩春暮色 田中冬二
遠く蛙が泣いてゐた
屋敷町の とある家の門に
黄色ぽい提燈を点けた医者の俥が
待ってゐた
まず暮色は、オレンジ色、蜜柑色。蛙は、土色、黄土色。屋敷町といえば、土塀。それは蛙と同じ黄土色。提燈も文字通り、黄色ぽい光を放つ。
俥夫は、蜜柑色の夕暮れの中、黄土色の土塀に囲まれた屋敷の前で、遠くに冬眠から起き出して来たばかりの土色の蛙の声を聞く。その声もまだ眠っていた土の中の匂いを引きずって黄色ぽい。提燈の黄色ぽい明かりは、夕暮れの蜜柑色を深くする。俥夫は、一人医者を待つ。彼も夕暮れの色に染まって黄色ぽい。医者の白衣も蜜柑色に染まっている。病人の部屋の提燈も黄色ぽく、障子は薄い褐色。その光に浮かぶ患者の顔色は、多分それも黄色ぽい。もし、重病なら、土色かもしれない。黄土色の蛙の声が遠くにまた聞こえる。春は全て、黄色に満ちている。