| 稜線 (2012年2月3日) |
市の都市計画審議会では湯田温泉の高田公園を井上公園と旧称にする議案を可決し、市は改めて3月30日付で告示をし井上公園への改称にかかることとなった。
明治維新の元勲で外務大臣などの要職をつとめた井上馨(聞多)生誕の屋敷跡である。
1863(文久3)年に井上馨は毛利藩から海外視察の内命をうけて、5月に伊藤博文らと共にヨコハマを出発して上海経由でロンドンに向かった。
一行は5人でいわゆる長州ファイヴなのだ。
ロンドン到着半年余年の滞在中に、藩主は萩から山口へと移り、京都の急進派七卿は追放されて山口の井上家に寄寓するなどの政変があり、井上、伊藤らは帰藩を決意し1864年3月にロンドンを発ち帰国した。
以後井上は国政の要職を歴任して伊藤、山県の長州内閣を補佐する。
明治初年に萩から山口へ移住した膳部職斉藤幸兵衛の料亭名を菜香亭にして扁額まで書いたのは井上馨で現在も菜香亭に実存する。
昭和30年代のはじめ同公園に中原中也の詩碑を建立することになり、市広報課に在職中だった詩人和田健氏を中心に作家大岡昇平等の協力で完成した。その他山頭火の句碑もあり井上公園は山口の史都空間だ。(F) |
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