月は空にメダルのやうに、
街角(まちかど)に建物はオルガンのやうに、
遊び疲れた男どち唱ひながらに帰つてゆく。
――イカムネ・カラアがまがつてゐる――
その脣(くちびる)は胠(ひら)ききつて
その心は何か悲しい。
頭が暗い土塊になつて、
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
商用のことや祖先のことや
忘れてゐるといふではないが、
都会の夏の夜(よる)の更(ふけ)――
死んだ火薬と深くして
眼に外燈の滲みいれば
ただもうラアラア唱つてゆくのだ。
【ひとことコラム】〈イカムネ・カラア〉は胸当てが縫い合わされた礼装用のシャツの高い襟のこと。そんな高級シャツを身につけた男たちの酔態が、舞台背景のようにどこか薄っぺらな都会の夜の情景の中に描かれています。空しく響きわたる歌声には実社会に生きる人々の悲哀が滲んでいます。
中原中也記念館館長 中原 豊