早朝五時、猫が喧嘩している。ギャーオゥ―ガー。新聞を読んでいた目を上げ、聞こえの悪い耳を澄ませた。
多分、毎朝我が家に餌を貰いに来る猫だろう。左耳が桜の花びらのようにカットしてある地域猫。我が家に来るようになって五年以上になるが慣れない。身体に触ることもできない。茶色の可愛い顔した猫だがいつも警戒態勢で、私との間に三メートルの距離を取る。平和の距離である。
ギャー、ギャー、止まない。仕方がない助けに行こう。近くの溝の向こうに茶色の猫の姿が見える。コラ、コラ、と早朝なので声を抑えて叫んだが、二匹は向かい合ったまま毛をそばだてている。私はほんのひとまたぎの溝なのに跳べない。ぐるりと回れば三分はかかる。急ぎ足で向かった。
読んでいた新聞には、シリア、カザ、ウクライナ、侵攻、攻撃、殺害という言葉が並んでいる。新聞から爆撃の音、子供の泣き声、母親の悲痛な叫び、兵士の足音まで聞こえてくる。細い子供の足を見ると心が乱れる。そこは我が家からは遠いけれど、猫の争う声と同じ近さで聞こえる。行くことはできないけれど、心は添っている。
私の姿を見ると、二匹はパッと離れた。猫は殺し合わない。紫陽花の花の下で茶色の猫は背伸びをした。