真ッ白い嘆かひのうちに、
海を見たり。鷗(かもめ)を見たり。
高きより、風のただ中に、
思ひ出の破片の翻転するを見たり。
夏としなれば、高山に、
真ッ白い嘆きを見たり。
燃ゆる山路を、登りゆきて
頂上の風に吹かれたり。
風に吹かれつ、わが来し方に、
茫然としぬ、涙しぬ。
はてしなき、そが心
母にも、……もとより友には明さざりき。
しかすがにのぞみのみにて、
拱(こまぬ)きて、そがのぞみに圧倒さるる、
わが身を見たり、夏としなれば、
そのやうなわが身をみたり。
(一九三〇・六・一四)
【ひとことコメント】「真ッ白い」は、「汚れつちまつた」とは正反対のように感じられますが、そこには夢を追い続けた半生の苦悩と孤独が凝縮されていて、夏の風物の力強い色彩の中に際立ちます。「しかすがに」は「そうはいうものの」、「拱く」は「こまねく」とも読み「何もしない」の意。
中原中也記念館館長 中原 豊