一夜 鉄扉(かねど)の 隙より 見れば、
海は轟(とどろ)き、浪は躍り、
私の 髪毛の なびくが まゝに、
炎は 揺れた、炎は 消えた。
私は その燭(ひ)の 消ゆるが 直前(まえ)に
黒い 浪間に 小児と 母の、
白い 腕(かひな)の 踠(もが)けるを 見た。
その きえぎえの 声さへ 聞いた。
一夜 鉄扉の 隙より 見れば、
海は 轟き、浪は 躍り、
私の 髪毛の なびくが まゝに、
炎は 揺れた、炎は 消えた。
【ひとことコラム】第二連の母子の悲劇的な姿が海と炎の描写に重なりながら繰り返し読者に迫ります。。行の途中に空白を設ける分かち書きの手法は岩野泡鳴の影響によるもので、この詩に独特なテンポとリズムをもたらし、断片的で瞬間的な情景に高速度撮影のようなリアリティを与えています。
中原中也記念館館長 中原 豊