薫さんがこんな話をしてくれました。
「夏の夕暮れに電話が鳴り出たら、一拍二拍、息を吸い込む気配があり、一瞬の沈黙があって“U高校の同窓会の葉書届いた?”と言ったのよ。U高校は息子の母校よ。続けて早口で何か言ったのだけれど、私は聞き取れなかった。“どちら様ですか?”と問うたら“どちら様ってMだよ。風邪ひいてるんだ”。Mは息子の名前よ。偶然、この日息子が三年振りに帰省していて入浴中だったの。詐欺電話よ。テレビのニュース等で何度も見たから私知ってたの。風邪をひいている、というのは声をごまかす定番の言葉よね。息子も側にいることだし詐欺電話だとわかったから、すぐに切ったわ。これからどうお金の話になるのかしら? 電話の男の声はね、二十代半ばの優しいバリトンなのよ。良い声よ。それに話し出す前にちょっと躊躇するの。心が揺れているのでしょう。詐欺電話初心者かもね。彼の名はなんというのかしら? 親から良い人生を幸せな一生を、と愛情をこめて贈られた名前があるはず。自分の名を告げよ、だよね」。
私が被害に遭ったわけでもないのに、私の胸はまだドキドキしています。電話機も肩で息をしています。暮れ行く庭で黄色秋桜だけが鮮やかです。