こんな悪達者な人にあつては
僕はどんな巻添へを食ふかも知れない
僕には智慧(ちえ)が足りないので
どんなことになるかも知れない
悪気がちつともないにしても
悪い結果を起したら全くたまらない
悪気がちつともないのに
悪い結果が起りさうで心配だ
なんのことはない夢みる男にとつて
悪達者な人は罠(わな)に過ぎない
格別鎌を掛けられるのではないのであつても
鎌を掛けられたことになるのだからかなはない
それを思へば恐ろしい気がする
もう何も出来ない気がする
それかといつて穴に這入(はい)つてもゐられず
僕はたゞだんだんぼんやりして来る
(一九三四・一一・二六)
【ひとことコラム】「悪達者」とは芸事などが器用だが中味や品がないことで、ここでは実社会で要領よく立ち回る人物を指します。こうした芸術と相容れない存在とも関わらざるを得ないのが日常であり、詩に生きる自分の周辺に様々な軋轢が生じるのを「悪」を連ねることで表現しています。
中原中也記念館館長 中原 豊