この穢(けが)れた涙に汚れて、
今日も一日、過ごしたんだ。
暗い冬の日が梁(はり)や壁を搾(し)めつけるやうに、
私も搾められてゐるんだ。
赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊(するめ)や洟(はな)紙や首巻や、
みんなみんな、街道沿ひの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞ひ颺(あが)り舞ひ颺り
吁(ああ)! はたして昨日が晴日(おてんき)であつたかどうかも、
私は思ひ出せないのであつた。
【ひとことコラム】「暗い天候三つ」という題で発表された三篇中の一篇。「おひきずり」は着物の裾を長く引いて歩くことですが、ここでは靴を引きずるような疲れ切った足取りを想像させます。「汚れつちまつた悲しみに……」と比べると、実社会に生きる苦悩がより生々しく伝わってきます。
中原中也記念館館長 中原 豊