九才の子供がありました
 女の子供でありました
 世界の空気が、彼女の有(いう)であるやうに
 またそれは、凭(よ)つかかられるもののやうに
 彼女は頸(くび)をかしげるのでした
 私と話してゐる時に。
     
私は炬燵(こたつ)にあたつてゐました
 彼女は畳に坐(すわ)つてゐました
 冬の日の、珍しくよい天気の午前
 私の室(へや)には、陽がいつぱいでした
 彼女が頸かしげると
 彼女の耳朶陽(みみのは)に透きました。
     
私を信頼しきつて、安心しきつて
 かの女の心は密柑(みかん)の色に
 そのやさしさは氾濫するなく、かといつて
 鹿のやうに縮かむこともありませんでした
 私はすべての用件を忘れ
 この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(がんみ)しました。
      
【ひとことコラム】 この詩には冒頭に〈我が生は恐ろしい嵐のやうであつた、/其処此処(そこそこ)に時々陽の光も落ちたとはいへ。〉というボードレールの詩句が引用されています。少女のあどけない仕草に、絶えざる苦悩の中でわずかに得た安らぎが表現されています。〈密柑〉は当時行われていた用字法。
     
  中原中也記念館館長 中原 豊