私は子供の頃、大人になったら、誰でもきれいな文字が書けるようになると思っていた。大人になったら、好き嫌いなく何でも食べられるようになると信じていた。大人になったら、注射でも手術でも平気で受けられるようになる。大人になったら、悩み事などない、何事にも対処できる力が備わると思っていた。大人になったら・・・。
自分が大人になったら全部できなかった。
後期高齢者になったら、山中に住み暮らす仙人のように、無欲で心静かに、慈愛の目を持つ人間になれるものだと思っていた。歳をとれば自然に枯れて、そんなふうになるものだと疑わなかった。私の暮らした山奥の村の老人たちは、白髪や禿頭で、農作業で曲がった腰を縁側の椅子に沈め、ニコニコ笑って日がな一日、空を見ていた。仙人であった。彼らを見ていると年取ることに安心できた。
私はすでに後期高齢者であるが、仙人にはなれていない。
赤いスカートも穿くし、不満も言う。腹八分目がなかなか実行できず食べ過ぎる。無欲ではない。年金の話もよくする。いらぬこともしゃべるし、声も大きい。精神は今だ揺れ動く思春期の中学生だ。
仙人は私の理想である。早くならなければ、なれそうにない・・・。